■ story
ふとしたいたずらで、兵十のうなぎを逃がしてしまったきつねのごん。後悔の気持ちから、山でとった栗や松茸をこっそりと届けますが、その気持ちが兵十に伝わることがないまま、悲しい結末を迎えます。
この物語はあらかじめ知ってはいましたが、私の記憶は、「いたずらぎつねのごんがバチがあたって撃たれてしまった。」という荒っぽいものでした。
絵本制作の依頼を受けに改めて読んでみますと印象がまったく違い、主人公の思いが伝わらないという不条理を感じる物語でした。作者の新美南吉はどんな思いを込めてこの物語を書いたのだろうか。
私は少しでも南吉さんを知るために生い立ちを調べて、故郷を訪ねることにしました。文中の背戸川の背景になった矢勝川を歩き、生家や養子先の民家を見て回りました。
物語になぜごんが撃たれる必要があったのかの明解な答えは見つかりませんでしたが、結末の悲しみや寂しさが、読者の心にささくれとなって残り続けることが大切なのではないかと思いました。
そして、ごんの心に寄り添って描き上げたのがこの絵本でした。
■ memory
この絵本を描く前年、私は仕事に追われて年間15册以上の本を制作していました。しかし年末になって書店にいってみると私の描いた絵本は一冊も見つけることは出来ない始末でした。
描いた絵本を誰からも見てもらえない焦燥感に激しく襲われていました。
そんな 折り、この作品を描くようにと中川さんから依頼されたのです。自信を失っていた私はどう描いたものやらわからなくなってしまいました。探しあぐねて南吉のふるさと半田市をたずねました。そこで二三日過ごした後描き始めました。
一枚描いては迷い、二枚描いては立ち止まり、仕上がった絵は今まで描いたことのない絵になっていました。この絵本の表紙を描きあげた時の満足感や喜びは今でも覚えています。
この物語との出会いがなかったら今の私は考えられません。私の絵本への考え方を根底から変えてくれた絵本でした。最も大切な一冊です。